secret base ~君がくれたもの~

 

梅が咲き乱れ、日差しにも春の息吹を感じる。

体のだるさは春一番の到来を待っているのか、あるいは拒否しているのか。

そんな時期にさしかかってくると僕はノスタルジーな気分になり、小学校高学年の自分を思い出す。

 

 

中学生が大金を稼ぎ「学校なんて意味がない」とくだを巻く時代。

是非を問うつもりもないが、少なくとも僕は学校で得られるものがあると思っている人間だ。

 

そのひとつが、同じ学び舎で月日を過ごしていく「友達」の存在だろう。

 

学校の友達というのは外界で触れる大人とはまた異なり、苦楽や青い春に対して肩を並べ、同じスピードと同じ向きで駆け抜けていくことができる唯一の存在。

家族でもビジネスパートナーでも、その替わりを務めることはできない。

 

あるときは一緒に先生をからかい、またあるときは勉強を教え合う。

好きな女子を暴露し合った友達に彼女ができれば、ヒューヒューと囃し立てる。

 

人生の同じステージにいるからこそ、共に語らい、共に成長し合い、共に大人になっていく。

女子と付き合い始めた友達をからかうとき、僕らはまるで置いてけぼりをくらったような寂しさを感じていたのかもしれない。

 

 

 

小学校から中学校にかけての同窓。田口君もそんな友人のひとりだ。

 

ふとっちょのくせに水泳が得意で、好きなものはプロレス。

授業の合間におみまいされた容赦ない水平チョップは、いまもなお肋骨に跡を残してる気がする。

 

 

「エロ本って読んだことある?」

 

僕の学校では40分の昼休みが終わると、そのまま一斉清掃の時間だった。

パッヘルベルのカノンが流れるなか、田口君がふいに聞いてきた。

 

 

『いや、ないけど』

 

僕はとっさに嘘をついた。

 

本当はある。

 

河原で拾ってきた、カピカピでヨレヨレの人妻もの。

伊藤君のお兄ちゃんが宝物のように隠していたそれをこっそり見たのはつい先日のことだ。

 

埃っぽい伊藤君の家の景色。「もう何回も見てるぜ」という伊藤君の細く卑しい目、もちろん本の中身も。

大人になった今でも、それらは僕の網膜に焼き付いている。

 

それなのに僕は嘘をついた。

 

「エロ本を見た」という事実を、小学生だった僕には口にする勇気がなかったのだ。

「おまえ勃ってんのかよ」と言われれば「た、勃ってねーよ!」と答えるのが小学生の礼儀である。

 

それが小学生でいる唯一の術であり、調和をとる最適解だと信じてやまなかった。

本当はふくらみかけた女子の胸も、音楽教師が放つ色気も、気になっていたのに。

「それ」を超えるのは、きっともっと先だと思っていたんだ。

 

 

でも田口君は違った。

 

 

「オレはあるよ」

 

そのときの田口君の顔はいまでも覚えている。

 

決して恥ずかしがる僕を見下したワケじゃない。

かといって事実を事実のまま話すほどバカだったわけじゃない。

 

カレもまた、恥ずかしさを強引にねじ伏せ、精一杯なんでもないふりをしていた。

 

 

田口君の瞳は、僕にこう語りかけていた。

 

「…いつかは、言わなくちゃいけないことだろ?」

 

 

安易な嘘をついた自分を責めるヒマも与えぬうちに、田口君が言った。

 

「だってさ。ちんこだって勃つし、おっぱいもマンコも恥ずかしいことじゃないだろ?」

 

 

…?

 

ちょっと待ってくれ。話が一気に飛躍しすぎて脳みそが追いつかない。間の話はどこに行った。

なぜエロ本を見たという宣言から急にそんなことになっているんだ。

 

ひょっとしてキング・クリムゾンか?時間を飛ばされたのか?

【引用】ジョジョの奇妙な冒険 第五部

 

ちんこ?おっぱ…??マ……??!

 

そんな単語を聞き流す覚悟なんてしていないぞ。

エロ本というワードですらいっぱいいっぱいなんだ。

僕はまだ「えろほん」なのか「えろぼん」なのかを考えているレベルだぞ?

 

 

混乱が続くなか、僕はあるひとつの確信をしていた。

 

『あぁ、こいつの言いたかったのはこの部分だ』

 

 

きっと田口君の中では、エロ本の話題をとっかかりにこの「淫語3兄弟」を口にするまでがシナリオだった。

しかしその想いが先走りすぎて、田口君はキング・クリムゾンを発動した。そういうことだろう。

 

 

さっきの瞳の真意を、僕はようやく理解した。

 

そして同時に、田口君の覚悟に想いを馳せ、僕の中でなにかがはじけた。

 

 

すまなかった。

ようやくわかった。

 

ようやく、アンタの孤独に追いついたんだ。

【引用】刃牙道

 

 

静かに、しかし力強くこう言った。

 

『そうだよな!なんでみんな恥ずかしがってるんだろうな!』

 

意図を汲んだ僕の言葉に呼応して、田口君の想いが溢れる。

 

「そうだよ!人間にくっついてるものなんだから!」

『ああそうだ!おっぱいもマンコも変なこと言ってるわけじゃないぞ!』

 

気がつけばチンコが行方不明になってしまったが、男子である僕たちにとって真の敵はおっぱいとマンコの2つだけだったのだろう。

 

 

場は急激に熱を帯びてきた。

 

「オレはいくらだって言えるぞ!おっぱい!マンコ!

おっぱい!!マンコ!!

 

ちなみにここまで掃除はいっさいしていない。

 

 

 

次の瞬間だった。

 

 

「お”っ”ぱい”ィ”ーーー!」

 

 

あろうことか、田口君は大気圏に届くほど大きな声で叫んだのだ!

 

 

もちろん教室にはふたりだけではない。

 

机を運ぶ女子、モップがけをする女子、ちりとりをロッカーから取り出す女子。

なんなら女子しかいなかった気がするが、それでも田口君はもう1度叫んだ。

 

 

「マ”ァ”ン”コォーーー!!!」

 

 

もちろん女子たちの視線はとんでもないことになっている。

急に男子が恥部の名称を叫び始めたのだ。罰ゲームかなにかだと思われたかもしれない。

 

 

だけどそんなことは気にならない。

僕の瞳は、田口君だけを捉えていた。

 

 

カレはいま、

大人になろうとしている。

 

 

今までの幼い自分を、必死に声を張り上げて振り切ろうとしている。

マンゴーにならないよう、コだけははっきり発音しているのが証拠ではないか!

 

 

もう、後戻りはできないかもしれない。

 

でも、ここでいかなくちゃ。

 

 

『まぁんこぉーーー!!!』

 

 

田口君はおっぱいを先に叫んだ。

なら僕はもっとハードルの高いマンコをいの一番に叫んでやる!

 

お前だけ大人になるなんて、許さないぞ!

 

 

『お”っぱいぃ”ぃぃ”ーーーー!!!』

「ま”ぁんこぉぉ”ぉーーーー!!!」

 

 

こうなったらもう止らない。

 

 

『お”っぱいィィィィィーーーー!!!』

「ま”ぁんこォォォォォーーーー!!!」

 

 

両の拳を胸の前で固め、

ケツを後ろに突き出し、

今にも放屁しそうな体制で叫び続ける田口君。

 

 

『お”っぱいィィィィィィィィーーーー!!!』

「ま”ぁんこォォォォォォォォーーーー!!!」

 

 

やっべぇ視線で見ている女子。

これが大人になるための痛みなのだろうか。

 

 

『お”っぱいィィィィィィィィィィィーーーー!!!』

「ま”ぁんこォォォォォォォォォォォーーーー!!!」

 

 

力みすぎて田口君の顔は真っ赤になっている。

 

 

でもそんなことは構わない。

これは大人になるための儀式なんだ。

恥ずかしさを感じているうちにやめてはいけない。

 

 

「お”っぱいィィィィィィィィィィィーーーー!!!」

 

 

田口君はもはや目を瞑って叫んでいる。

かなりの声量だ。

 

 

「ま”ぁんこォォォォォォォォォォォーーーー!!!」

 

いいぞ!田口君!

 

「お”っぱいィィィィィィィィィィィーーーー!!!」

 

頑張れ!田口君!

 

「ま”ぁんこォォォォォォォォォォォーーーー!!!」

 

乗り越えろ!田口君!

 

「お”っ(バリリッ!!)

 

( ˙-˙ )

 

 

\\たぐちくんはへをこいてしまった!//

 

 

 

 

 

あれから20年以上の月日が流れた。

 

放屁してしまった田口君は半べそをかいていた。

恥部の名称を叫ぶよりも、人前でおならをしてしまう方がひとは恥ずかしいのだと、僕は学んだ。

 

ひとは一気に大人になるワケじゃない。

ひとつ乗り越えれば、また1つ次のステップに行かなくちゃいけない。

 

だけどあの日、僕と田口君は確かにそのステップを1つ昇った。

 

いまでこそSNSでも平気で「( ゚∀゚)o彡゚ オッパイ オッパイ」なんて発信ができるようになったが、これは紛れもなくあの日の田口君の勇気がもたらしたものだろう。正直、なんの役にも立たないスキルだ。

 

 

あの叫び声は、少年のままでいさせようとする「何者か」への反逆の狼煙だったのかもしれない。

 

「ま”ぁんこォォォォォォォォォォォーーーー!!!」

「お”っぱいィィィィィィィィィィィーーーー!!!」

 

田口君は、きっといまも街頭で叫んでいるのだろう。

 

 

 

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