夜中に男女が逢い引きなんて、ヤルことは一つしかないだろ?【エロ注意】

 

街にイルミネーションが飾られ、浮き足立った空気が近づいてくると、小学生の頃の淫夢を思い出す。

 

大きな柵に囲まれたストーブのまわりに、まるで儀式のようにクラスメイトが集まる。それぞれが持つナップサックが、殺風景な教室に色を灯していた。

隣のクラスは体育の授業。窓の外では、独裁者のように1人だけ暖かいベンチコートを羽織った体育教師が大きな声を挙げている。

 

グラウンドの奥にあるのぼり棒。グローブジャングル。チャボのいなくなった飼育小屋。

むせかえるような土埃の匂い。木目を見ただけで自分のものだとわかる机。

 

どこにでもある小学校の風景の中、僕はある「約束」を彼女とした。

 

 

 

 

カワシマイクホ。八重歯のある、どこかふんわりした雰囲気の女の子だった。

 

 

好きだったのか?

 

そう聞かれたら、答えはわからない。

 

ただ、彼女が近くで話をしていればなぜか気になって仕方なかったし、高学年になってふくらみはじめた彼女の胸は、やけに視界を邪魔してきた。

彼女が本気で怒るまでの間、クラスの大人しい男子との熱愛報道をムリヤリ作って、それを話のタネにヒューヒューともてはやしたりもした。

 

彼女がよく着ていたハッピースマイルのトレーナー。

インスタもなかった時代。その黄色い丸は、今でもハッキリと網膜に焼き付いている。

 

 

 

「深夜1時。私の家に来て。部屋から抜け出すから、庭で話ししよう」

 

 

それは彼女が言い出した計画だった。

 

席替えで隣になったことだったか。

きっかけが何だったのかは、今も思い出せない。

記憶を辿ってみれば、大して話もしたことがないのに、やぶから棒にそんな提案を投げつけられたような気もする。

 

きっかけこそ思い出せないが、「夜中に女の子の家に行く」というあの背徳感と高揚感だけは、色濃く残っている。

あの日を超える心のざわめきは、恥ずかしながら今もなお味わったことがない。

数ヶ月前に行った臨海学校よりも心踊らせ、3年後に来る初体験よりもどうエスコートして良いか分からなかった。

 

 

決行は2日後。

 

この2日間、今思えば、長い小学校生活の中で、もっとも彼女と言葉を交わした時間だったかもしれない。

 

 

家の近くまで来たら、懐中電灯を3回光らせること。

親に見つからないよう、敷地内までは入らず、声は出さないで待つこと。

お互いに、お菓子を1つずつ持ち寄ること。

 

いくつかの決め事をスラスラと淀みなく決める彼女は、鼻クソを食べることから卒業していなかった僕には、幾分か大人の女性に見えた。

 

グーグルマップはおろか、スマホすら持っていない時代。

僕は彼女が説明する家の場所を、学校帰りに遠回りして確かめ、2日間、帰りが遅くなってしまった。

 

 

計画は万全だ。

 

自宅から彼女の家までの予想所要時間は90分。

国道を真っ直ぐ行けば迷うことはない。目印のコンビニを曲がればすぐだ。

 

23時半になったら、川の字で寝ている母親にウソをつき、家を出る。

使用するのはばあちゃんが買ってくれたTハンドルの愛車。友達との競争でも何度か1位をとった名機だ。

親父はトラックの長距離運転手でほとんど家にいることはない。

 

母に止められることさえなければ、逢い引きは成功したも同然だ。

 

 

今にしてみれば、小学生が夜中に出かけるなど、どんな言い分があってもおかしいと思うだろう。

だが当時の僕は、なんとなく流れるように出かけてしまえば引き留められることはないだろうという謎の自信を持っていた。

 

家を抜け出せるかということより、「部屋着のままでは恥ずかしいから何を着ていこうか」「着替えるのは出かける直前か。それとも布団に入る前に任務を完了してしまおうか」

そんな心配の方が大きかった。

 

 

部屋着と言えば、彼女はやはり着替えて出てくるのだろうか。否、部屋の窓から抜け出すのだからやはりパジャマだろうか。

 

止めどない期待と不安で、この2日間、僕は誰となにを話したのか、思い出せない。

 

 

 

 

「よる!待ってるね」

 

帰り際、下駄箱に向かう途中、彼女はキキララちゃんのメモにそう書いて渡してきた。

 

当日はほとんど会話こそなかったが、そのメモは、今宵カノジョの家を訪ねるという計画が、思春期に差し掛かる子供の妄想ではないことを確信させてくれた。

 

 

 

夜。

クリスマスが近づき、冷え込みはより一層強くなっていた。

 

宵闇と寒風が浸食していく部屋の中、机に貼ったビックリマンのキラシールと、壁に掛かった時計だけは、ハッキリと見えていた。

 

 

彼女の家に行って、そこで何をするのかはわからない。

なぜか彼女はそのことについては、最後まで多くを語らなかった。

 

 

 

あと、30分。

 

すぐ帰るのか、朝になるのか。それすら知らない。

 

言い知れぬ高揚感は、いつか寝室のふすまから覗き見た「大人のボキャブラ天国」のように思えてきた。

 

今夜出かけたら最後。2度とこの家には帰って来れないような気がしてきた。

行きたいような、行きたくないような。

 

寝息をたてるフリをしながら、踏み出す勇気を整えている頃だった。

 

 

 

親父が帰ってきた。

 

 

 

週に1度帰ってくればいいほうだった親父に対して、当時の僕はどことなく萎縮していた。

 

親父に暴力を受けたり、怒られたり、そんなんじゃない。

ただ、なんとなくだ。

 

 

「女のところに行ってくる」

きっとそう言えば、親父は何も言わずに僕を寒空の下に送り出しただろう。

 

しかし、FF4のローザがパーティーに入るだけでも緊張していた僕にとって、そんな言葉は思いつきさえしなかった。

「親父がいる」というだけで、今夜の計画は破綻するのだ。

 

だから、布団の中で寝たふりをしながら、親父が着替えを持って、再び仕事に行くことを祈っていた。

 

 

そんな願いもむなしく、シャワーを浴びた親父は、僕の布団にずかずかと入り込んでくる。

 

 

ごく稀にではあるが、親父は30分ほどの仮眠をとり、再び仕事に出かける事もある。

まだわからない。

 

体が半分にちぎれ、心臓が停止した恋人を抱きしめ、それでも息を吹き返す事を祈っている気分だった。

親父が大きないびきをかきはじめて、予定していた23時半を過ぎても、親父の目覚ましが鳴ることに期待した。

 

 

急げばまだ間に合うかもしれない。

10分くらいの遅刻なら、ごまかせるかもしれない。

 

その10分は20分になり、30分になり、やがて時計は、約束の1時を指してしまった。

僕は完全に諦めつつも、何かの奇跡で親父に急な仕事が入る事を、やはり祈った。

 

 

まだ、大急ぎで行けば。

 

 

彼女は、なかなか光らない懐中電灯の光を、まだ待っているかもしれない。

 

 

 

LINEがあったなら「ごめん、行けなくなった」と送れたのだろう。

しかし、あの時の僕は、進んでしまう時計の針をにらみつけ、彼女が気長であることを願うことしかできなかった。

 

完全に諦めたのが先だったか、それとも子供が起きている時間のリミットを迎えたのが先だったか。

気がつけば親父は布団からいなくなり、母親が朝食の準備をしている風景に切り替わった。

 

 

 

 

翌日も、彼女はいつも通り、教室にいた。

 

 

「昨日、ごめんね。寝ちゃってた」

 

努めてさりげなく。

まるでいま思い出したかのように、言い慣れないゴメンねを告げた。

 

 

「ううん。大丈夫だよ」

 

僕以上に、クラスのざわめきに乗せて流れるように言った彼女は、やっぱり大人に見えた。

あるいは本当に、なんとも思ってなかったのだろうか。

 

「次の約束があるかもしれない」

約束を破ったくせに、そんな期待をしてはいけないという事だけは、小学生の僕でも分かっていた。

 

 

 

 

 

あれから四半世紀の時間が流れた。

 

翌年には彼女と別々のクラスになり、とうとう卒業まで、言葉を交わすことはなかった。

 

ビックリマンのシールを貼っていた机は、親父が家を出て行って程なく、引っ越しの際に捨ててしまった。

目印のコンビニは空き家になり、あの日乗るはずだった自慢のTハンドルは、1500ccの乗用車へと姿を変えた。

 

その車で幾度となく深夜に女を迎えに行き、家の庭ではなく、家そのものに上がり込んだ。

懐中電灯の光を3回照らす必要はない。家に着く前にLINEを入れるだけだから便利なものだ。

 

 

 

しかし、いくら深夜に車を走らせても、幾人の女性と逢い引きを繰り返しても、どんなに速く国道を走り抜けても、

 

彼女があの日、

なぜ僕を指名したのか、

いったい何の話をしようとしたのか、

どんな姿で出迎えたのか、

何時に帰ることになったのか、

 

その答えを見つけることができずにいる。

 

気まぐれに冒険心を誰かにぶつけたかったのか。あるいは、僕と同じように、汗ばんだ手で布団を握りしめてくれてたのだろうか。

 

 

社会人になりたての頃、1度だけFacebookで彼女のアカウントを見つけたことがある。

あの日の事について聞きたい衝動に駆られたが、それはやめておいた。

 

きっと、あの宝箱のカギを持っているは、あの日の僕と、あの日の彼女だけなのだろう。

 

 

 

 

いまも時々、夜の向こうに彼女が待っているような気がする。

 

25年経った今も、懐中電灯のサインを待っているように想えてならないのだ。

 

 

窓から冬の訪れを告げる、冷たい風が入ってくる。

 

季節は思ったよりも進んでいて、真っ黒だったはずの宵闇の思い出は、歳月を重ねるごとに鮮やかなセピア色を濃くしていく。

 

ベンチコートを羽織っていた体育教師と同じ年齢になっても、あの日の彼女に遭うことは、叶っていない。

 

それでも、生きていかなくちゃならない。

物思いふけっている時間なんてないくらい、世の中はめまぐるしく過ぎていく。

 

急がなくちゃ。

急がなくちゃ。

午前1時にはもう、間に合わないけれど。

 

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