はじめて付き合ったカノジョを、嫌いになりたくて仕方なかった

 

中学2年生のころ、僕にもはじめて彼女というものができた。

色黒で巨乳、たぬき顔で口の悪い、メンヘラ気味の女のコ。

 

手を繋ぐためだけに反対方向である彼女の家まで送っていき、学校で1日でも会えない日があれば、歯がゆくてもどかしくて、いてもたってもいられなくなる。

 

正直、アタマの中では常に「初体験」の文字を掲げていたので、好きだったかと聞かれると怪しいのかもしれない。

ただ、20年ほど経過したいまでも、その想いは褪せることなく、カノジョと歩いた帰り道の景色は網膜に焼き付いている。

きっと、特別なものではあったのだろう。

 

まいにち、彼女と彼女のカラダの事でアタマがいっぱいだった。

同級生と話しているのを見れば、嫉妬したりもした。

 

 

どんなに腐った恋愛歴を持っている人間でも、初恋というのはまっすぐで愚かなものだろう。

 

だけど僕は、はじめてカノジョを好きになった頃から、彼女のことを嫌いになりたいと願っていた。

和室が2部屋ほどの貧乏アパートの片隅、彼女が好きな自分を繰り返し否定していたのだ。

 

なぜそうなったのかはわからない。

離婚した親を見て育ったからなのか、あるいは魂に刻み込まれた状態で生まれてきたのか。

 

 

僕は、「人の気持ちは必ず薄れる」と知っていた。

 

そして「人との縁は必ず切れるもの」と考えていた。

 

 

だからこそ、

彼女への気持ちが、いつか薄れることに恐怖した。

 

「今この気持ちがピーク」

そう考えるだけで胸が詰まり、やがて訪れるマンネリだけをひたすら見つめていたのだ。

 

どうせいつかは、彼女に対してなにも感じなくなる。

そう思うと急に怖くなり、昂ぶってしまった気持ちを、すぐに捨てたくてたまらなかった。

 

 

「人の気持ちは必ず薄れる」

「人との縁は必ず切れる」

 

中学生のころに抱えていたその思想は、結局のところ間違いではなかった。

 

僕も当たり前に彼女への気持ちをなくし、高校にあがった頃にはどうにか別れる事だけを考えるようになっていた。

 

 

いまもその信念は変わっていない。

 

世の中を見渡しても、一生続く縁というものは存在しない。

 

どんなに将来を語り合った友達も、やがては疎遠になる。

世話になった上司だって、退職してしまえば顔を合わせる機会なんて減るものだ。

 

夫婦になって一生を添い遂げたとしても、最終的には死別というカタチで縁は切れる。

 

究極な話、自分と切れない人間は自分だけ。

人間は、どこまでいっても孤独なのだ。

 

 

彼女と別れてからというもの、心から人を好きになることはなかったように思う。

 

「好き」という言葉はなるべく使わず、曖昧な関係になる女性も少なくなかった。

ちゃんと告白して付き合った相手なんて、片手で数えるほどしかいない。

 

「一生一緒にいようね」

 

そんな言葉を囁き合う恋人を見ると、

「なぜ根拠もないのにそんなセリフを吐けるのだろう。この人たちはなんて無責任なんだろう」

とせせら笑った。

 

どうせ別れるのに、一生を約束するような言葉。

僕には口にできない。

 

 

人との約束も嫌いだ。

事前に予定を聞かれても、「その日のオレに聞いてくれ」と返すこともある。

 

それだけ「諸行無常」という信念に対し、過剰に過敏に生きている。

 

 

いつだって、いつかくる別れに備えていた。

いつだって、変わるかもしれない未来に、責任を持たないよう過ごしてきた。

 

 

傷つかないように、傷つかないように、

自分だけを、大事に大事に、生きてきた。

 

 

 

 

だけどこの頃、30年以上付き合ってきたその信念にヒビが入りつつある。

 

「人との縁は必ず切れるものではなくて、

少しでも交わった魂は、一生その人についてまわるのではないか」

 

そう考えるようになってきたのだ。

 

 

もちろん、物理的に人は離ればなれになる。

それは普遍的な現実であり、これからもそうなのだろう。

 

誰かへの想いは日ごとにセピア色となっていく。

ピークだと感じた頃には、やはり恐怖するのだろう。

 

 

それでも僕は、ぼくと関わった人間を、忘れることはない。

 

こうして初恋の彼女を思い出し、語る。

いつか誰かがかけてくれた言葉を、ずっと心の片隅に刻み込んでいる。

 

 

「縁」とは、外に向けて結ぶものではなく、

自分の心臓に刻み込まれていくものなのだ。

 

そう感じ始めている。

 

 

2度と会うことは叶わないとしても、その軌跡は確実にいまの僕を創ってきた。

そしてこれからもきっと、思い出す。

この命が燃え尽きる瞬間まで。

 

 

逃げ回って、人との縁を結ぼうとしてこなかった。

だけど、切ったと思っていた縁のひとつひとつが、捨てることなどできていなかった。

 

 

薄まると信じていた想いは、ふとした瞬間に何度も掘り起こされる。

もう逢うこともない人の笑顔は、思い起こす度にセピア色を濃くし、より深くぼくの中に刻まれる。

 

 

小学校で会わなくなったオヤジの言葉は、30過ぎた僕にものを教えてくる。

 

遠くに行ってしまったばあちゃんは、今なお、ぼくに優しい気持ちをもたらしてくれる。

 

 

「縁」は自分の中で、太くなったり、細くなったりして、生き続けるものだったんだ。

 

 

 

まだ僕は、他人と深く関わることに臆病だ。

 

だけどぼくは、色黒で巨乳、たぬき顔で口の悪い、メンヘラ気味の彼女と、はじめての恋をしたことがある。

 

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